感震ブレーカーの普及に向けて
特集:阪神・淡路大震災から30年
客員教授/日本大学危機管理学部 教授
秦康範
2025年3月1日
阪神・淡路大震災では、285 件の火災が発生した。ほぼ無風であったにもかかわらず、約83 万㎡が焼失した。当時注目されたのは、火災の半数以上は地震直後に発生したが、その後も断続的に火災が発生したことである。その原因として疑われたのが、復電時に出火する通電火災である。
285 件の出火原因は、「不明」の146 件(51%)を除けば、「電気による発熱体」が30%(85 件)と最も多かった。その後、安全装置の組み込みなど電気機器側での対策は進んだが、感震ブレーカーの設置は遅々として進まなかった。消防関係者や火災研究者が積極的に感震ブレーカーの必要性を訴えていたにもかかわらず、感震ブレーカーの普及が進まなかった理由は、国会での質疑(1998 年に小川勝也参議院議員の震災時における電気火災防止のための「感震ブレーカー」に関する質問に対する、野中広務国務大臣の答弁書)に見ることができる。簡単に言えば、感震ブレーカーは夜間の地震の際の避難に支障を来す可能性やコスト負担、信頼性の問題等、需要家にデメリットが生じ得ることが挙げられており、国は感震ブレーカー普及について消極的であった。
なぜ通電火災は大きな問題と認識されなかったのか。原因が判明した火災の多くは、原因の特定可能な規模の小さな火災がほとんどであった。そのため、通電火災の多くは「ぼや程度であり」、ユーザの不注意によるものが少なくなかったとされた。大きな問題となった大規模延焼火災の多くは、原因は特定されなかった(補注)。
こうした状況は、東日本大震災を受けて、風向きが変わることとなる。地震に起因する火災の大半が、電気関係だったからである。2014 年、内閣府、消防庁、経済産業省の連携のもと、「大規模地震時の電気火災の発生抑制に関する検討会(座長:関澤愛)」が設置された。報告書には、大規模延焼火災のリスクが高いところを中心に感震ブレーカーの普及を推進することが明記され、国も電力会社も感震ブレーカーの普及啓発に取り組むこととなった。当初6% 程度だった感震ブレーカーの普及率は、2019
年に22%(内閣府調査)となっている。
東日本大震災では、電力会社による安全を最優先とした丁寧な復旧作業が行われた。しかし、復電に伴う火災が少なからず発生した。このことは、電力会社の安全確認が不十分であったと理解すべきではなく、むしろどれだけ安全確認を徹底したとしても、電気火災を防ぐことは難しいと理解する必要がある。安全確認を徹底することは、停電の解消に時間を要することを意味し、早期復旧と安全確認はトレードオフの関係にあることも留意する必要がある。また、地震発生時には避難する前にブレーカーを落とすことが一般的に推奨されているが、自宅に不在であればブレーカーを落とすことはそもそもできない。したがって地震の揺れをトリガーとして、自動的に電気を遮断する仕組みが不可欠なのである。
地震時の電気火災は、1994 年ノースリッジ地震など海外においても報告されており、決して特殊な現象ではない。わが国が特殊なのは、木造密集市街地など都市の火災リスクが極めて大きいことだ。筆者の試算3)では電気火災の出火率は、震度7 で1/10000 ~ 1/1000(出火数/世帯)程度、震度6 強で1/100000 ~ 1/10000(出火数/世帯)程度である。非常に小さい数字に思われるかもしれないが、人口密度の高い大都市においては全く無視できない出火数となる。2024 年能登半島地震では、石川県輪島市河井町で大規模な火災が発生し、約49,000 平方メートルが延焼した。出火点は1 箇所であったこと、電気系統に不具合が生じた可能性が指摘されている。あらためて電気火災対策の重要性を認識する必要が
ある。
夜間の停電による避難・救助の困難さ等への懸念から、感震ブレーカーの普及に否定的な意見も存在する。確かにそういった可能性があること自体は否定できない。しかし、大地震で被害の大きい地域は、ほぼ例外なく停電していることから、かなり特殊なケースを想定してはいまいか。自然災害以外においても停電は起こりえることから、停電時の照明の確保は各家庭で基本的にすべきことであり、停電対策と出火防止対策はどちらも重要と考えるべきであろう。
[補注]
筆者ら1)は、当時出火原因が不明とされた火災に目を向け、送電再開時間と出火時間に相関があることを明らかにしている。筆者が提供したデータを元に、NHK スペシャル取材班2)は、配電用変電所の送電再開と出火の時空間的な関係を明らかにしている。
[参考文献]
1) 秦康範,原田悠平,中瀬仁,加藤孝明,関澤愛(2011),出火日時と送電再開日時に着目した1995 年兵庫県南部地震における火災の特徴,土木学会,第3 回相互連関を考慮したライフライン減災対策に関するシンポジウム講演集
2) NHK スペシャル取材班(2016),震度7 何が生死を分けたのか,KK ベストセラーズ
3) 秦康範,原田悠平(2014),2011 年東北地方太平洋沖地震における地震型火災の特徴,土木学会論文集A1(構造・地震工学),70(2),I_1107-I_1117