企業の対応判断を決める要因
特集:南海トラフ地震に関連する情報-社会はどう動くか?
田中淳
2019年6月1日
1.特集にあたり
平成31年3月に内閣府が「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン(第1版)」を取りまとめた。南海トラフ地震は多様な形態で発生しているが、想定震源域の半分程度の領域が破壊された場合には続いて割れ残っている領域での大規模地震に備える必要があり、この場合にはⅰ)被災地に対する救助・救出や応急対策と周辺地域における人命保護とをどのようにバランスさせるか、またⅱ)予想される災害から人命を守ることの社会的利益と一定期間にわたり日常生活を制約することによる社会経済的混乱という不利益とをどのようにバランスさせるかが問われる。
今回のガイドラインでは、予想される南海トラフ地震による人的被害を最も大きく規定する津波被害に焦点を当て、津波避難困難地域において事前避難することによって両者のバランスを取る方針が出された。しかし、残された課題は多い。特に、住民や企業が、地震の発生や情報の発表に対してどのように対応するかの社会動向は予測が難しい。今回の特集では、これらの課題のうち幾つかの社会状況を取り上げる。本稿は、これらの社会的状況の中で企業活動についての思考実験をするために、事業所を対象に行った調査結果から参考となる結果を幾つか紹介する。具体的には、国は原則として企業活動に関して事業の継続を求めているが、企業の判断は何に影響され、どうなるかを問う。
2.静岡市及び浜松市の沿岸部に立地する製造業を対象に調査
調査は、静岡県静岡市及び浜松市の沿岸部に立地する製造業を主とする事業所を対象に、郵送配布・郵送回収法で実施した。事業所332か所に調査票を郵送配布し、76事業所から郵送で回答を得た。有効回収率は23%となる。従業員規模は20人以下が40%、21人から50人が16%、51人から299人が32%、300人以上は少なくなるがそれでも9%だった。業種は、食料品製造業が17.1%、輸送用機械器具製造業が15.8%、金属製品製造業が14.5%、電気機械器具製造業が6.6%などとなっており、中間財生産が22%、生産設備製造が14%、食品等非耐久消費財生産が17%、車等耐久消費財が12%となっている。若干、企業向けの製品製造が最終消費財製造よりも多い。
沿岸部に立地している事業所を対象にしたことから、大半で津波避難先を計画として決めているが、15.8%は決めていないとしている。建物のある場所は津波浸水の危険は無いとしている事業所は7%であり、52.6%が50cm以上の浸水危険があるとしている。他方、深さはわからないとした事業所が38%に達しており、また従業員等の津波避難についてあまり心配していない事業所は29%あるものの、「少し心配」(38.2%)または「とても心配」(28.9%)している事業所は67.1%となっている。長い防災対策が進められてきた地域に立地する、意識の高い層とみることができよう。
3.高い関心と予想以上に低下する可能性
「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」をテレビや新聞などで見聞きしたことがあるとした事業所が86.8%を占めており、聞いたことはないとした9.2%を大きく上回った。それだけではなく、一歩踏み込んで情報収集を行った事業所も見られ、気象庁のHPなどで詳しく調べたことがあると14.5%が回答している。さらに、業界などで話題となったと13.2%の事業所が回答しており、関心は個々の企業を超えて社会的にも広がっていると言えよう。
この関心を背景に、すでに情報発表時の対応計画を立てている事業所が13.2%あるが、大勢では対応計画はこれからのこととなる。「まだ決めていないが今後は検討したい」とする事業所が60.5%を占める。当面は検討しない(13.2%)や、わからない(10.5%)とする事業所も含めると、動向は予測しにくい。少なくとも「今後は検討したい」とした6割の事業所がどう動くかは事業継続に関する合意に大きく影響を与えることから注視すべきであろう。
実際に実施する可能性の高い対策としては、情報収集や安全確認が当然のこととして高いが、従業員の勤務形態の変更を48.7%が、事業所の業務の縮小を40.8%、事業所の業務の中断も46.1%が可能性が高いと回答している。ちなみに警戒宣言時の対応計画では、勤務形態の変更は28.6%、業務の縮小が16.7%、業務の中断が28.6%となっている。このうち、業務の規模を縮小する場合には、製品の種類を減らす戦略をとる事業所が30.3%、製造量を減らす戦略の事業所が44.7%となっている。予想以上に企業活動は低下する可能性が懸念される。
在庫についてみると8日以上ある事業所が25%ある一方で、1日から3日分程度とする事業所が34.2%と最も多く、在庫なしの21.1%と合わせて55%、1週間の事業中断が生じると、75%が在庫を使い果たすことになる。
事業継続の判断を規定する要因として「大変重要」だと考えている点として、従業員の出社に関わる公共輸送機関の状況を72.4%、従業員や家族の生活に関わる状況(学校や保育園、介護施設など)を57.9%があげており、原材料等の調達元(工場など)の状況(53.9%)、調達や納品に関わる物流の状況(52.6%)、製品の納入先(工場、小売店など)の状況(51.3%)と並んでいる。
なかでも、自治体による避難勧告等の発令の有無を80.3%が大変重要だとしていることから、津波避難困難地域では事業中断もありえる。同じ地域内で住民と企業とで異なる対応を求めることは現実的には難しく、避難勧告等のエリアが拡大すると企業活動が縮小することも予想される。
今後、計画を決めていく上で、企業側はサプライチェーンの上下流事業者との取り組みを43.4%があげ、ついで地域内の関連事業者との取り組みを36.8%、同業他社との取り組みを32.9%があげている。このように企業個社を超える取り組みへの要請は高く、その情報共有と環境整備が不可欠である。