苦悩の日々

特集:伊豆大島土砂災害から10年ー伊豆大島の土砂災害と今後の火山噴火ー


大島町防災対策室 防災情報アドバイザー、気象予報士
加治屋秋実
2023年3月1日

 
 「過去にがけ崩れが発生した事例に相当する総雨量と1 時間雨量を既に超えています。今後60 ミリ前後の雨が数時間続くと土石流が発生する危険もあります。」大島町役場では、大雨対策会議が行われていた。そして、町長は、土砂災害特別警戒区域に避難指示の発令を決断した。
 2022 年台風第8 号は暴風域を持たず、前線も解析されていなかったため、暴風・大雨警報が発表される可能性は小さいと考え、8 月12 日の会議において、避難所準備・監視態勢とすることを決定していた。台風は、翌日17 時過ぎに伊豆半島へ上陸、レーダーエコーなどから警報級の大雨にはなりそうもないと判断し、引き続き、監視態勢とした。ところが、状況は一変する。台風のアウトバンドと局地的な前線がマージし、21 時に1 時間雨量48 ミリ、22 時に80 ミリを観測、21 時17 分に大雨警報、同24 分記録雨、同29 分土砂災害警戒情報、同59 分線状降水帯による大雨情報が発表された。わずか40 分余りの間に、避難指示の発令を迫るかのように、これだけの気象情報が発表されれば、事態はかなり切迫していると思われるかも知れない。しかし、過去70 年間の土砂災害と雨量との統計的な関係によれば、人家被害を引き起こす土石流の発生までには、まだ余裕があった。冒頭で述べた避難指示の発令は、新たな雨雲の形成などによる大雨の継続の可能性を考慮しての安全面に配慮した決断であり、住民に周知されたのは、土砂災害警戒情報の発表から約1 時間45 分経ってのことであった。
 2013 年伊豆大島土砂災害後に、それまで、人家被害のない急傾斜地でのがけ崩れを事例として低く設定されていた土砂災害警戒情報の基準値をさらに8 割に引き下げて、避難情報の発令に直結する運用に変更された。これにより、大雨警報や土砂災害警戒情報と避難情報が高頻度に発令され、住民は情報慣れを起こし、避難率が低下するという課題を抱えてしまうことになった。これは、重大な問題を含んでいる。このまま、土砂災害警戒情報の発表に即して、躊躇いなく避難情報を発令し続けると、空振りが多発し、結果として、避難しない人たち、つまり、将来の犠牲者を作り出していることになるかも知れないのである。

 そこで、大島町では、土砂災害警戒情報が発表されても直ちに避難情報を発令するのではなく、過去の土砂災害と雨量との関係、雨の実況と予想などを総合的に判断して避難情報を発令するなど、空振りを減らすための工夫を行うことにした。ただし、災害を引き起こすような雨は、突然に強まり、短時間の内に事態を深刻化させる。このため、この運用方法には、慎重な的確な判断が必要となる。避難が遅れるようなことは、決してあってはならない。このようなとき、大島町防災対策室は緊張感に溢れている。また、避難する側の住民の理解も不可欠である。避難指示は、土石流の危険性があると判断したときに発令されるからである。
 本事例の総雨量は331 ミリ、最大1 時間雨量は84.5 ミリを観測し、外輪山でがけ崩れが発生したが、人家被害はなかった。避難率は、前回10.7%より向上したものの14.6%であった。課題は未解決のままである。避難は永遠の課題であると人は言う。苦悩の日々は、いつの日に安らぎを覚えるのであろうか。

   

 

図 2013 年10 月19 日~2022 年8 月13 日の大島町における土砂災害に対
する避難率(避難対象者数に対する指定避難所への避難者数の割合)の経過