伊豆大島土砂災害が突き付けた課題

特集:伊豆大島土砂災害から10年ー伊豆大島の土砂災害と今後の火山噴火ー


田中淳
2023年3月1日

 
 伊豆大島で発生した土砂災害では、14 世紀に噴出した溶岩流の上に堆積していた火砕物等が流出し、神達地区を直撃し、更に島内最大集落である元町を襲った。火山地域ゆえの災害だった。その結果、死者36 名、行方不明3 名の人的被害を生み、住家被害に限っても全壊50 棟、大規模半壊11 棟、半壊16 棟、一部損壊77 棟に達した(大島町資料、平成28年3 月)。
 この土砂災害は、土砂災害対策に多くの課題を突き付けた。ひとつに流木対策である。斜面に生えていた広葉樹は根が浅く、土砂とともに流木となって、集落を襲った。土石流に流木が混ざることによって破壊力が増しことに加えて、橋等に流木が引っかかり土砂を堰き止めたことから、行き場を失った土砂は沢から周辺の宅地に流れ込んだ。住家に大きな損傷を与え、人的被害を大きくした一因だった。さらに、道を防ぎ、応急復旧を妨げた。大きな岩や今回のような流木が含まれる土石流では流体力が強く、今回の災害で詳細に調べた結果、2階に避難した方の25%が亡くなってしまった。
 土砂災害では立ち退き避難が求められる。しかし、今回の事例では夜間であったことに加えて、降雨強度が極めて強かったことが避難行動を大きく制約した。今回の降雨量は、狩野川台風の48 時間雨量448mm をはるかに超え、24 時間降水量で824.0mm に達した。とくに日付が変わった10 月16 日0 時頃から降雨は急激に強まり、1 時間雨量で最大122.5mm という雨が、立ち退き避難を難しくした。住民の話によると、懐中電灯を付けても、手前の雨で光がはね返され、玄関から一歩先は何も見えず外に出るどころではなかったという。これほどではなくとも、土砂災害では最後の一押しとなる雨が強くなることも多く、それ以前の早めの避難が求められる。
 早めの避難の契機のひとつが土砂災害警戒情報である。今回の伊豆大島では、前日の夕刻18 時05 分に発表された。その直前には20㎜を超える雨が降り続いていたが、その後はいったん収まっていた。しかも、平成20 年に大島町に土砂災害警戒情報が導入されて以降、大島町に対して7回発表されたが、いずれも空振りに終わっていた。それ以上に、土砂災害を気にする住民は少なかったようだ。むしろ、台風ということで暴風や高波を心配した人が多い。念のために風や高波の来ない神達の実家に避難していたという話も複数耳にした。
 しかし、この神達地区に大金沢からの土石流が流域界を越えて流れ込んだのである。実は、東京都が作成していた「東京都土砂災害危険箇所マップ」では大金沢や八重沢に挟まれた神達地区には土石流危険箇所は示されていなかった。その後、ハザードマップは改訂されたが、微地形をハザードマップに反映していくために、時間的にも経済的にもその把握を容易とする技術開発が求められよう。
 土砂災害から人命を守ることは難しい。その難しさを改めて突き付けた災害だった。その解決に向けて、ここでは若干迂遠にみえるが、土砂災害に関する基本的な情報を、研究者や実務者が利用できる情報共有の仕組みを社会の側が用意することを提言してみたい。たとえば発生の有無や発生時刻の特定は、その時の降雨量との正確な比較を可能とする。今回、火山地域であったことから地震計が土砂崩落の衝撃を捉え、土砂災害の発生時刻の推定の可能性を示したが、停電情報や携帯の停波、道路の不通など社会にある情報の共有に期待したいのである。社会の中に薄くであっても広く遍在する情報の活用は、ひとり土砂災害の問題に限らず、多くの災害において被害軽減に向けた一つの方向だと思う。