CIDIRで学んだこと                           

特集:2020 11年目以降のCIDIRに向けて -CIDIR2.0-

地震研究所 准教授 三宅弘恵
2020年6月1日

 2015年度から5年間、学内流動教員として情報学環・地震研究所・生産技術研究所が設立に関わった総合防災情報研究センターにおいて異分野コミュニケーションを体験し、多くのことを学んだ。2008年のセンター設立準備シンポジウムの際、部局長講演で三部局が関わる三ツ矢サイダーという発言があったことを鮮明に覚えている(注:サイダーはCIRERだが、本センターはCIDIR)。これまでも地震災害を共通項として理学のみならず工学と接する機会は多く、就職してからは地球全体に加え火山や津波なども見聞するようになった。しかしながら振り返ると、人やその心理ではなく、自然や構造物を対象とする場合が専らであった。
 異動日、CIDIRでは特別警報の意義がクイズ形式で議論されていた。当時の発表回数はおろか特別警報も知らず、後でこっそり検索した恥ずかしさは今でも忘れられない。浅く広くの研究は良くなく、専門分野で尖った研究をすることが良いと聞いていたが、不惑になったし少し考えを変えようと思った。新しい言葉や考えを聞く度に、検索し、沢山話を聞き、本を買っては読んだが、最初の数年間は各々の研究者の視座、そしてどのような点に研究の価値を置いているのか、つかめない日々が続いた。皆で豪雨災害のテレビを見ていると「災害発生前のオペレーションが重要、実況になったら終わり」という議論がなされる。なぜ、災害のありのままを実況することが評価されないのか意味不明だった。CIDIRでは水土砂災害の議論が圧倒的に多く、次が火山、津波、火災、そして原子力災害。地震学や地震工学の専門家もそれなのに多いのに地震災害が殆ど議論に挙がってこないのは何故なのか? 理由はあった。地震の場合、地震発生から被害発生までの時間差が秒単位で、人の判断や避難行動、警報発表判断の研究対象となりにくいのだ。つまり、地震発生直後に人が関与する要素が乏しく、研究の価値を見出すことが難しいようである。個人的には新たな衝撃であり、何のためにCIDIRに来たのだろうかと自問自答した。
 その後、2018年度のCIDIR10周年記念シンポジウムに備えて構成員で議論を重ねる機会があり、自分なりに以下の結論に至った。

学びその1:自然や構造物を扱っている段階は災害、人が研究対象に加わると防災に成り得る。
学びその2:分野ごとに災害を捉える時間スケールの違いがある。理学は100-1000年スケールで科学の理を、工学は10-100年スケールで技術革新を、災害情報は1-10年スケールで適切な発信とスタンスが異なっている。これらを切れ目なく繋げる工夫が重要ではないか。
学びその3:環境や情報をキーワードとして幅広い学際分野が育っているが、災害や防災を核として学際分野を育てることが重要。学部や大学院教育において副専攻を設けるのも一案。

 とどめはこの2月。あるCIDIR教員が地震研究所にやってきて、講演に備えて南海トラフ地震の話を予習したいと言う。やっと地震学の出番だと思い、複数の教員と共に対応した。歴史地震や被害津波の話、脆弱な地盤による震度の危険性などを熱く語っても、どうも数字や図面を見ていない。話者の顔ばかり見ている。後で聞いたところ「理学の人が南海トラフ地震や様々な値をどこまで正しいと捉えて語るのかを見ていたのですよ。そうでないと、真実ギリギリのところで切迫性を持ってしゃべれない。聴衆に真の危機感を伝えることはできない。」とのこと。改めて文系理系の違いを目の当たりにして畏れ入った。