報告書 1999年JCO臨界事故と住民の対応
2001年3月1日発行
① 災害の概要
1999年9月30日、茨城県東海村のウラン燃料加工施設・JCO東海事業所で発生した臨界事故は、30万人を超える住民に屋内退避を余儀なくさせ、後に死者2人、そして400人をはるかに超える多数の被ばく者を出した。
② 調査の内容:
JCO臨界事故時の避難:茨城県東海村、那珂町、ひたちなか市、常陸太田市、満20歳~69歳までの男女、層化多段無作為抽出、面接法、平成12年1月、2月、600サンプル、回収473(78%)
JCO臨界事故時の聴覚障害者:聴覚障害者359名、郵送法、1999年12月、回収数158(44%)
③ 主な結果
臨界事故の経緯と問題点:9月30日午前10時35分JCO東海事業所で臨界事故が発生した。東海村への第1報は11時34分。東海村では、12時30分、有線放送や戸別受信機を通じ村民に対して事故が発生しと外出自粛の放送を行った。放送による第1報も、事故から2時間以上経ってから視聴者に伝えられた。
住民の行動:事故当日の12時台に知った人は住民の2割程度で、約3割の人が4時間以上経っても事故を知らなかった。事故の情報源としては、両地域ともテレビが圧倒的に多く6割強が放送から聞いた。事故発生を知った段階では、まだ事態の重大性を認識していなかった住民も少なくなかった。避難関連の行動をとった住民はほとんどおらず、事故情報が避難行動には結びついていない。事故翌日は多くの住民は屋内退避が解除されるまでは外出を控えた。
マスコミ報道の問題点:「風評被害をあおるような報道が多かった」という不満を感じている住民は過半数に達している。また、風評被害への批判に加えて、「住民の不安をあおるような報道が多かった」という回答の割合もかなり高かった。
経済的被害:今回の事故では、農業者の56%、サービス業の45%が経済的被害を受けたと答えている。「大幅に収入が減少した」の職業の割合をみると、農業が43%、サービス業経営が13%となっていた。被害はとくに農業従事者に多くそのかなりの部分は風評被害と考えられる。
原発・原子力防災の知識:「臨界」ということばを知っていた人は、原子力関係者でも43%、それ以外の住民では19%の人にすぎなかった。原子力事故が起こったとき、「屋内退避という措置」がとられることがあるのを知っていた人は原子力関係者32%、一般住民23%である。
住民の今回の事故の評価:事故の原因として、「作業員の知識、技術の低さ」「企業の管理体制の不備」の両者をあげる人が圧倒的に多かった。しかし、今回の事故の原因は、「科学技術への過信にある」、「無謀な原子力開発にある」という2項目に関して、この意見に賛同する割合は、原子力関係者とそれ以外の東海村周辺住民で有意な差が生じている。今回の臨界事故を契機にして、ほぼ9割(87%)が原子力発電の安全性に疑問を呈している。
JCO臨界事故時の聴覚障害者:最初の事故報道で情報入手した人は少ない。午後1時までに知った人は16.2%にとどまり、。夕刻の時間帯で8割人が事故情報を入手している。
JCO臨界事故後の原子力政策の変化:原子力安全委員会は12月24日に「原子力安全委員会ウラン加工工場臨界事故調査委員会事故調査報告書」が公表したが原子力防災上問題点という視点からの分析・検討は不十分である。
④ 提言・結論
JCO事故においてどのような情報に基づいて、誰が、どのように意思決定したのかの詳細が未だ明かではなく、今後の原子力防災対策への教訓へとつなげていくことができない状況にある。特に国が、屋内退避や避難の実施を決定するにあたって、どのような役割を担ったのか、またその際の問題となった点は何かについては、科学技術庁からは独立した形で、首相や国会に直属の事故調査委員会を設置し、第三者の立場から公正な調査がなされるべきであると考えられる。