newsletter39号テキスト4

東京大学 大学院情報学環 総合防災情報研究センター

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特集:鷹野先生のご退職に寄せて

鷹野先生との思い出2話

 鷹野先生とのCIDIRでの8年間の思い出の中から2つの話を紹介します。
東日本大震災の時のことでした。鷹野先生と私は会議を終え、池谷さんがいれてくださったお茶で一息つきながらメールをチェックしていました。そこに緊急地震速報が鳴動しました。2日前の宮城沖地震の余震だろうとたかをくくっていたところ、「予測がM7を越えた。これは本物だ!」と鷹野先生の声。そして「建物地震計が揺れ出した、来るぞ!」との叫びと同時に10階のCDIRがガックンガックンと揺れ出しました。私は窓枠に掴まりながら、床を転がるパソコン、そして土埃が舞い上がる大学構内に動揺し、数分後にようやく揺れが収まった後も呆然としていました。その間に鷹野先生は携帯で室内の写真を撮り回り、地引さんを引き連れて廊下の配電盤のブレーカを復旧させました。私は、難行の末に悟りを開いた高僧の姿をそこに見ました。
 土曜の弥生門(安田講堂の裏手の根津駅側の門)でのことです。震災の前か後かは忘れましたが、大学院の入試の仕事か何かを終えて、鷹野先生の車で送ってもらった時のことです。休日の出口を探して構内をぐるぐる回り、ようやく弥生門に着きましたが門の大扉は閉鎖されていました。高僧がとっさに判断したのは門の横の小扉。車が通るには無茶な空間ですが、あきれる守衛さんを横目に、額に汗を浮かべてハンドルを何度も切り返し、なんとかすり抜けてしまいました。帝国大学開学以来、初めての記録のようです(未確認)。
 全く関連のない2つの話ですが、鷹野先生のお人柄が思い浮かぶエピソードを皆さんと共有したく、ここに記しました。
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(古村 孝志)