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東京大学 大学院情報学環 総合防災情報研究センター

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特集:大規模水害に立ち向かう

フィリピンの高潮災害から警報と事前避難について考える


  2013年11月にフィリピンに上陸した台風ハイエンにおけるレイテ島タクロバン市を事例として、警報と避難について考察したいと思う。台風ハイエンによる被害は激甚であり、フィリピン国家災害リスク削減・管理委員会によれば、被災者数は1600 万人以上にのぼった。
 同災害の特徴として、少なくとも以下の2点について言及する必要があるだろう。まず、「Storm Surge」という用語の問題である。台風上陸前から様々なメディアを通して、高潮による被害の可能性が一般住民に伝達されていたが、その際に用いられた「Storm Surge」という用語は一般住民にとっては被害の様相を想像しがたいものであり、一般住民の避難行動を開始させるものではなかったことが指摘されている。次に挙げられるのは「過去の巨大災害の教訓」の問題である。1912年11月30日付のワシントン・ヘラルド紙によれば、台風によりレイテ島に甚大な被害が生じたという。レイテ島に限らず、フィリピンは毎年台風を経験しているが、台風ハイエンほどの被害を生じさせた台風は多くはない。筆者らの調査によれば、ある家庭では今から約100年前の台風被害についての言い伝えがあるものの、そのような話を全く聞いたことがない人が多い。過去の巨大災害の教訓は共有されていなかったというのが実情であろう。
 レイテ島タクロバン市は、最も激しく被災した地点の一つである。同市の人口の約22万人のうち、死者・行方不明者数は2,603人であり、市の人口の約1.2%に相当する。国土交通省の資料によれば、東日本大震災における釜石市と石巻市の死者・行方不明者の割合が約1.5%であった。

 話が飛ぶようだが、台風ハイエンの約1年後の2014年12月の台風ハグピート(フィリピン名はルビー)では、当初の予警報において台風ハイエンと同程度の勢力でかつ同様の進路を取ることが予想され、タクロバン市においては約5万人が台風上陸前に高い建物や高台に避難した。最終的には台風の進路が北方にそれて、タクロバン周辺で高潮は発生せず、結果的に死者・行方不明者がゼロであった。つまり、台風上陸前の事前の避難を行おうと思えばできる、ということを台風ハグピートは示している。しかし、台風ハイエンの事例を改めて振り返ると、事前避難は容易ではなかったと考えざるを得ないのではないだろうか、というのが筆者の問題提起である。

 さて、台風ハイエンでは、台風上陸の約18時間前の11月7日11時00分付で重大気象情報(Severe Weather Bulletin)第3号が出されていた。この警報では、沿岸域に最大で7メートルの「Storm Surge」の可能性があることを予報していた。この警報発出時刻から台風上陸までの約18時間を、事前避難のリードタイムとした場合に、事前避難は実行可能であったのだろうか。
 高潮被害による浸水域に生活する住民は約2万人から3万人であった。この人数を安全な高台に避難させると仮定した場合、1時間あたり1000人から1600人を移動させる必要が生じる。タクロバン市の中心街の海抜が高くなく、堅牢な高層の建物が限られているため、避難先を検討しなければいけない。現在復興用の住居などが建設中のカワヤン地区は、同市の北方に位置し、かつ市の中心街よりも高台にある。この地区まで、実際の浸水域となった沿岸部や市の中心街からは、約15キロメートル離れている。タクロバン周辺の交通事情を考えると、多人数を一斉に運搬可能な車両数は十分と言えず、また、主要道路は片側一車線であるため、交通渋滞が発生することが予想される。徒歩による移動があると思うが、貴重品や所持品を持ち運ぶことから、その歩行速度は制約される。さらに、東北大学災害科学国際研究所の現地調査報告(*)によれば、タクロバン市の住民の台風ハイエンによる被害に対する予想は「とても被害が大きい」と「被害が大きい」の合計値が30.8%であり、約7割の住民は台風ハイエンがあのような被害をもたらすと思っていなかった。つまり、切迫感に駆られて一般住民が避難を積極的に行おうとは考えていなかった。このような状況で、限られた時間内で大量の人を事前避難させることが可能であったのだろうか。

 わが国で懸念される大規模水害においても、事前避難のリードタイムがあることが予想されている。タクロバン市の事例は、リードタイムの活用方法を再点検する必要性を示しているように思われる。

(*) 現地調査報告書は東北大学災害科学国際研究所のホームページからダウンロード可能です。

http://irides.tohoku.ac.jp/media/files/IRIDeS_Report_Haiyan_second_20150302.pdf


(東北大学災害科学国際研究所 地引 泰人)