東日本震災の復興からの教訓

Series:東日本大震災

目黒公郎
2019年3月1日

技術のある時代とない時代の復興策が同じでいいのか?

 東日本大震災で津波被害を受けた地域の住民が、過去の津波災害後に高台移転したのはなぜか? 技術のない当時としては、津波から逃れる標高20mとか30mに住空間を確保する方法が高台移転しかなかったからだ。もっと簡単で経済的にこれを実現する方法があれば、彼らはそれを採用しただろう。
 東日本大震災の被災地で実施された復興策では、山を削り広大な高台を造成し、全てのインフラを新しく整備して街をつくり、低地には、8-10mもの盛士をして、産業エリアをつくっている。莫大な士木工事に甚づいた復興策であるが、これは「先端技術を用いた過去と同じ対策」と言える。このような復興策では、過去に高台移転した人々がその後に低地に戻ってきた問題や、嵩上げ高さの大きな盛土の不同(等)沈下や地震動の増幅などの問題は将来的に発生しないのだろうか。
 現在の技術を用いれば、津波に対して十分な高さの場所に住空間を経済的に実現する方法は、住民の数に応じた部屋数を有する高層マンションを建てることである。この方法であれば、大規模な山の掘削や盛土、新規のインフラ整備などは不要になるので、これらの経費の一部を高層マンションの維持管理に活用できるようにすれば、さらに有利になる。津波防波堤などによって海の様子が見えないという漁業関係者からの苦情もなくなる。理由は、住空間としての利用を5階程度から上層にすれば、全世帯にオーシャンビューの部屋を提供できるからだ。日常的な環境負荷の低減もエネルギー効率の向上も可能になる。老人も集約して住むことができるので、点在する状況に比べて、医療の問題も改善できる。もちろん、将来的に人口が減るので、空いた部屋を宿泊施設として、海の幸を楽しんでもらうような新しいビジネスを創造することも可能だ。
 一方で、大きな嵩上げなしに、どんな高い津波が押し寄せても絶対に生命を守られる津波避難施設が実現できれば、魚市場などをはじめとして、低地での営業が有利な施設も多い。この目的を達成する新しい津波避難施設として構想し、性能の検証を進めているものが「自己浮上式津波避難施設」と「高気密型屋内避難施設」である。これらは、現在の一般的な津波避難タワーが有する平時利用の間題や災害時要援護者の施設内での上方移動の問題、景観上の問題による高さ制限や想定外の波高の津波が襲った場合の問題なども解決できる。
 多様な復興策の一つとして、津波から確実に生命を守る避難施設と高層住宅を組み合わせた復興策を採用しても良かったはずだが、高層住宅での生活経験のない地元の人々の同意が得られず実現しなかった。人間は自分の想像力を超えることを尋ねられても答えられない。慎重な人ほど、経験のない状況に入り込んで行くことに躊躇することに注意すべきだ。

適切な対応がスムーズに実施できる分かり易い制度や環境づくりをめざして

 災害対応において発現した課題の解決は、時間と資源の制約の中で求められるので、多くの場合は限られた組織内での調整で対応可能な対策によってなされることが多い。国の体制で言えば、関係省庁間での十分な調整や議論に基づいて行われることは稀で、迅速な対応がしやすい単独あるいは少数の省庁内での対応が主となり、これがわが国の災害対策が全体最適解になりにくい大きな原因になっている。この解決には、災害対策において強力な権限や調整力を有する体制づくりが求められるが、手足のない現在の内閣府では不十分だ。
 「自分たちの将来の問題だからと言って、精神的にも体力的にも最も余裕の無い、しかも専門性も高くない被災者や被災自治体に、被災地の復旧·復興を考えろ、しかも短い時間で」という現在の基本方針も改めるべきである。被災地が「元通りがいい」と言う原因にもなっている。この問題の解決には専門家の貢献が重要になるが、ここにも問題がある。「被災者や被災地に寄り添って」という言菓は美しいが、専門家は過度の寄り添いによって、課題解決の機会を失うことのないように気をつけなくてはいけない。適切な距離感を保った対応が重要な場面も多い。
 私は、東日本大痕災の復旧・復興に関わった多くの関係者のご尽力と課題解決のために考え実施した多くの工夫に対して敬意を表する。しかし、残されている課題も少なくない。今後の大震災への対応において求められるものは、「様々な対応が、工夫すれば、できないわけではない制度や環境」ではなく、「適切な対応がスムーズに実施できる分かり易い制度や環境」である。首都直下地震や南海トラフ巨大地震の発生までの時間的な余裕はない。発災までの時間を有効活用し、いかにして復旧・復興が可能なレベルに被害を軽減するか。発災後にスムーズな復旧・復興を実現できる方法や環境をいかにして事前に整備しておくか。これが現在の私たちに突きつけられている課題である。